て史上にも残りけるが、表の政治に用ゐし此筆法は、奥の女中を制御するにも応用して、一人の女に寵を専《もつぱら》にさせじと抑えしは疑あらず。十六人の子を挙げし十人の妻妾、二人より多くを産みし者なかりしは、深き仔細ありぬるにや。強《あなが》ち偶然の事のみにあらざるべし。」(胡麻点は原文のを保存したのである。)
この徳川家康は女色を愛する老爺たるばかりか、産児制限をも行ふ政治家である。これは明かに三百年来、我我の見慣れた家康ではない。我我の見慣れた家康よりもはるかに人間らしい家康である。はるかに人間らしい、――諸君は或は僕の言葉の平凡過ぎるのに微笑するであらう。「人間らしい」と云ふ言葉は勿論非凡でも何でもない。あらゆる新刊の小説や戯曲は必ずその広告の中に「人間らしい苦しみ」とか「人間らしい生活」とか、人間らしい万事を売りものにしてゐる。が、それらの小説や戯曲は果してどの位広告通り、人間らしい何ものかを捉へてゐるのであらうか? 殊に英雄の伝記の作者は無邪気なる英雄崇拝者でなければ、古色蒼然たるモオラリストである。成程彼等の或者は人間らしさを説いてゐるかも知れない。しかし彼等の人間らしさも実際彼
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