腹は十人、夫人の産みし二子を除きては、余は皆側妾の所出なり。(中略)其の最後にお勝が腹に末女を挙げさせしは、既に将軍職を伜に渡して、駿府に隠居せし身にて、老いても壮なる六十六歳[#「六十六歳」に傍点]の時なりとぞ識られける。其の他この豪傑が戯に手折られながら、子を結ばで空しく散りにし花は亦一二に止まらざるべし。実に家康も英雄色を好むの古則に漏るる能はじ。秀吉は北条征伐の陣中より淀君が許に一書を寄せて、『二十日ごろに、かならず参候て、わかぎみ(鶴松)だき[#「だき」に傍点]可申候。そのよさに、そもじをも、そばにねさせ可申候[#「そばにねさせ可申候」に傍点]。せつかく御まち[#「まち」に傍点]候可候』とは言ひ越しき。天真爛漫といはばいへ、又痴情めきたる嫌なからずやは。家康には表面さる事見えざりしかど、所詮言ふと言はぬとの相違にて、実は両雄とも多情の男なりけん。深きは言はぬ方なるべし[#「深きは言はぬ方なるべし」に傍点]。
「さはれ流石に思慮深き家康は、秀吉の如く閨門《けいもん》の裡に一家滅亡の種を蒔《ま》かず、其が第一の禁物たる奢[#「奢」に傍点]は女中にも厳に仮《ゆる》さで、奥向にも倹素
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