そかはこう》の舞台に桜間金太郎《さくらまきんたらう》氏の「すみだ川」を見ながら欠伸《あくび》をしてゐたクロオデル大使に同情の微笑を禁じ得なかつた。すると半可通《はんかつう》をふりまはすことは大使も予もお互ひ様である。仏蘭西《フランス》の大使クロオデル閣下、どうか悪《あ》しからずお読み下さい。

     三 ピエル・ロテイの死

 ピエル・ロテイが死んださうである。ロテイが「お菊《きく》夫人」「日本の秋」等の作者たることは今更辯じ立てる必要はあるまい。小泉八雲《こいづみやくも》一人《ひとり》を除けば、兎《と》に角《かく》ロテイは不二山《ふじさん》や椿《つばき》やベベ・ニツポンを着た女と最も因縁《いんねん》の深い西洋人である。そのロテイを失つたことは我我日本人の身になるとまんざら人ごとのやうに思はれない。
 ロテイは偉い作家ではない。同時代の作家と比べたところが、余り背《せい》の高い方ではなささうである。ロテイは新らしい感覚描写を与へた。或は新らしい抒情詩《じよじやうし》を与へた。しかし新らしい人生の見かたや新らしい道徳は与へなかつた。勿論これは芸術家たるロテイには致命傷でも何《なん》で
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