モ乞食《こじき》が出て来る。幕末に村上新五郎と云ふ奇傑がゐたが同一人《どういちにん》かと尋ねられた人もある。しかしあの小説は架空の談《はなし》だから、謂《い》ふ所のモデルを用ゐたのではない。「お富の貞操」の登場人物はお富と乞食と二人《ふたり》だけである。その二人とも実在の人物に似てゐると云ふのは珍らしい暗合《あんがふ》に違ひない。僕は以前|藤野古白《ふぢのこはく》の句に「傀儡師《くわいらいし》日暮れて帰る羅生門《らしやうもん》」と云ふのを見、「傀儡師」「羅生門」共に僕の小説集の名だから、暗合《あんがふ》の妙に驚いたことがある。然るに今又この暗合に出合つた。僕には暗合が祟《たた》つてゐるらしい。

     十二 コレラ

 コレラが流行《はや》るので思ひ出すのは、漱石《そうせき》先生の話である。先生の子供の時分にも、コレラが流行つたことがある。その時、先生は豆を沢山《たくさん》食つて、水を沢山飲んで、それから先生のお父さんと一緒《いつしよ》に、蚊帳《かや》の中に寝てゐたさうである。さうして、その明け方に、蚊帳の中で、いきなり吐瀉《としや》を始めたさうである。すると、先生のお父さんは「そ
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