Aにも、鶴《つる》を想《おも》ひ、初月《しよげつ》を想ひ、空山《くうざん》を想ひ、野水《やすゐ》を想ひ、断角《だんかく》を想ひ、書燈を想ひ、脩竹《しうちく》を想ひ、清霜《せいさう》を想ひ、羅浮《らふ》を想ひ、仙妃《せんぴ》を想ひ、林処士《りんしよし》の風流を想はざる能《あた》はず。既《すで》に斯《か》くの如しとせば、予等独自の眼光を以て万象を観んとする芸術の士の、梅花に好意を感ぜざるは必《かならず》しも怪しむを要せざるべし。(こは夙《つと》に永井荷風《ながゐかふう》氏の「日本の庭」の一章たる「梅」の中に道破せる真理なり。文壇は詩人も心臓以外に脳髄を有するの事実を認めず。是《これ》予に今日《こんにち》この真理を盗用せしむる所以《ゆゑん》なり。)
予の梅花を見る毎《ごと》に、文人趣味を喚《よ》び起さるるは既に述べし所の如し。然れども妄《みだり》に予を以て所謂《いはゆる》文人と做《な》すこと勿《なか》れ。予を以て詐偽師《さぎし》と做《みな》すは可なり。謀殺犯人と做すは可なり。やむを得ずんば大学教授の適任者と做すも忍ばざるにあらず。唯幸ひに予を以て所謂《いはゆる》文人と做すこと勿れ。十便十宜
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