ゥの眼を以てするは必《かならず》しも容易の業《わざ》にあらず。(否、絶対に[#「絶対に」に傍点]独自の眼を以てするは不可能と云ふも妨《さまた》げざる可し。)殊に万人《ばんにん》の詩に入ること屡《しばしば》なりし景物を見るに独自の眼光を以てするは予等の最も難しとする所なり。試みに「暮春《ぼしゆん》」の句を成すを思へ。蕪村《ぶそん》の「暮春」を詠《えい》ぜし後《のち》、誰か又独自の眼光を以て「暮春」を詠じ得るの確信あらんや。梅花の如きもその一のみ。否、正にその最たるものなり。
 梅花は予に伊勢物語《いせものがたり》の歌より春信《はるのぶ》の画《ゑ》に至る柔媚《じうび》の情を想起せしむることなきにあらず。然れども梅花を見る毎《ごと》に、まづ予の心を捉《とら》ふるものは支那に生じたる文人趣味《ぶんじんしゆみ》なり。こは啻《ただ》に予のみにあらず、大方《おほかた》の君子《くんし》も亦《また》然るが如し。(是《ここ》に於て乎《か》、中央公論記者も「梅花の賦《ふ》」なる語を用ゐるならん。)梅花を唯愛すべきジエヌス・プリヌスの花と做《な》すは紅毛碧眼《こうまうへきがん》の詩人のことのみ。予等は梅花の一
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