ウうだ。しかし実際さう云ふものだらうか?
 主人 そりや実際さう云ふものだよ。
 客 芸術上の玄人《くろうと》もかね? たとへば小説家とか、画家とか云ふ、――
 主人 玄人《くろうと》はまあ素人《しろうと》より芸術のことを考へさうだね。しかしそれも考へて見れば、実は五十歩百歩なんだらう。現在頭に火がついてゐるのに、この火焔をどう描写しようなどと考へる豪傑《がうけつ》はゐまいからね。
 客 しかし昔の侍《さむらひ》などは横腹を槍《やり》に貫かれながら、辞世《じせい》の歌を咏《よ》んでゐるからね。
 主人 あれは唯名誉の為だね。意識した芸術的衝動などは別のものだね。
 客 ぢや我我の芸術的衝動はああ云ふ大変に出合つたが最後、全部なくなつてしまふと云ふのかね?
 主人 そりや全部はなくならないね。現に遭難民《さうなんみん》の話を聞いて見給へ。思ひの外《ほか》芸術的なものも沢山《たくさん》あるから。――元来芸術的に表現される為にはまづ一応《いちおう》芸術的に印象されてゐなければならない筈だらう。するとさう云ふ連中は知らず識らず芸術的に心を働かせて来た訣《わけ》だね。
 客 (反語的に)しかしさ
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