モ》は如何《いかが》と書いてあつた。僕は勿論|快諾《くわいだく》した。
 僕は一週間たたない内に、「虱《しらみ》」といふ短篇を希望社へおくつた。それから――原稿料の届くのを待つた。最初の原稿料を待つ気もちは売文の経験のない人には、ちよいと想像が出来ないかも知れない。僕も少し誇張すれば、直侍《なほざむらひ》を待つ三千歳《みちとせ》のやうに、振替《ふりかへ》の来る日を待ちくらしたのである。
 原稿料は容易に届かなかつた。僕はたびたび久米正雄と、希望社は僕の短篇にいくら払ふかを論じ合つた。
「一円は払ふね。一円ならば十二枚十二円か。そんなことはない。一円五十銭は大丈夫払ふよ。」
 久米《くめ》はかういふ予測を下した。何《なん》だかさう云はれて見れば、僕も一円五十銭は払つてもらはれさうな心もちになつた。
「一円五十銭払つたら、八円だけおごれよ。」
 僕はおごると約束した。
「一円でも、五円はおごる義務があるな。」
 久米はまたかういつた。僕はその義務を認めなかつた。しかし五円だけ割愛《かつあひ》することには、格別異存も持たなかつた。
 その内に「希望」の五月号が出、同時に原稿料も手にはひつた。
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