熕キんにする。水蒸気ももやもや立ち昇る。何か楽しい心もちがする。何か又はかない心もちもする。床《とこ》は次の間《ま》にとつてある。次の間も書斎も二階である。寝る前には必ず下へおり、のびのびと一人《ひとり》小便をする。今夜もそつと二階を下《お》りる。家族の眼をさまさせないやうに、出来るだけそつと二階を下りる。座敷の次の間に電燈がついてゐる。まだ誰か起きてゐるなと思ふ。誰が起きてゐるのかしらとも思ふ。その部屋の外《そと》を通りかかると、六十八になる伯母《をば》が一人《ひとり》、古い綿《わた》をのばしてゐる。かすかに光る絹の綿である。
「伯母《をば》さん」と云ふ。「まだ起きてゐたの?」と云ふ。「ああ、今これだけしてしまはうと思つて。お前ももう寝るのだらう?」と云ふ。後架《こうか》の電燈はどうしてもつかない。やむを得ず暗いまま小便をする。後架の窓の外には竹が生えてゐる、風のある晩は葉のすれる音がする。今夜は音も何もしない。唯寒い夜《よる》に封じられてゐる。

[#天から3字下げ]薄綿《うすわた》はのばし兼ねたる霜夜《しもよ》かな

     七 蒐集

 僕は如何《いか》なる時代でも、蒐集癖《
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