ゥた古備前《こびぜん》の徳利の口もちよいと接吻《せつぷん》位したかつたつけ。鼻の先に染めつけの皿が一枚。藍色《あゐいろ》の柳の枝垂《しだ》れた下にやはり藍色の人が一人《ひとり》、莫迦《ばか》に長い釣竿《つりざを》を伸ばしてゐる。誰かと思つて覗《のぞ》きこんで見たら、金沢《かなざわ》にゐる室生犀星《むろふさいせい》!
 又ぶらぶら歩きはじめる。八百屋《やほや》の店に慈姑《くわゐ》がすこし。慈姑の皮の色は上品だなあ。古い泥七宝《でいしつぱう》の青に似てゐる。あの慈姑《くわゐ》を買はうかしら。※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》をつけ。買ふ気のないことは知つてゐる癖に。だが一体どう云ふものだらう、自分にも※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]をつきたい気のするのは。今度は小鳥屋。どこもかしこも鳥籠だらけだなあ。おや、御亭主《ごていしゆ》も気楽さうに山雀《やまがら》の籠の中に坐つてゐる!
「つまり馬に乗つた時と同じなのさ。」
「カントの論文に崇《たた》られたんだね。」
 後ろからさつさと通りぬける制服制帽の大学生が二人《ふたり》。ちよいと聞いた他人の会話と云ふ
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