》 ちよいと枝一面に蚤《のみ》のたかつたやうでせう。
苔《こけ》 起きないこと?
石 うんもう少し。
楓《かへで》 「若楓《わかかへで》茶色になるも一盛《ひとさか》り」――ほんたうにひと盛りですね。もう今は世間並みに唯水水しい鶸色《ひわいろ》です。おや、障子《しやうじ》に灯《ひ》がともりました。
五 春の日のさした往来《わうらい》をぶらぶら一人歩いてゐる
春の日のさした往来をぶらぶら一人《ひとり》歩いてゐる。向うから来るのは屋根屋の親かた。屋根屋の親かたもこの節は紺の背広に中折帽《なかをればう》をかぶり、ゴムか何かの長靴《ながぐつ》をはいてゐる。それにしても大きい長靴だなあ。膝――どころではない。腿《もも》も半分がたは隠れてゐる。ああ云ふ長靴をはいた時には、長靴をはいたと云ふよりも、何かの拍子《ひやうし》に長靴の中へ落つこつたやうな気がするだらうなあ。
顔馴染《かほなじみ》の道具屋を覗《のぞ》いて見る。正面の紅木《こうぼく》の棚《たな》の上に虫明《むしあ》けらしい徳利《とくり》が一本。あの徳利の口などは妙に猥褻《わいせつ》に出来上つてゐる。さうさう、いつか
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