た。僕等の語彙《ごゐ》はこの通り可也《かなり》混乱を生じてゐる。「随一人《ずゐいちにん》」と云ふ言葉などは誰も「第一人」と云ふ意味に使はないものはない。が、誰も皆間違つてしまへば、勿論間違ひは消滅するのである。従つてこの混乱を救ふ為には、――一人残らず間違つてしまへ。

     八 コクトオの言葉

「芸術は科学の肉化したものである」と云ふコクトオの言葉は中《あた》つてゐる。尤も僕の解釈によれば「科学の肉化したもの」と云ふ意味は「科学に肉をつけた」と云ふ意味ではない。科学に肉をつけることなどは職人でも容易に出来るであらう。芸術はおのづから血肉の中に科学を具へてゐる筈である。いろいろの科学者は芸術の中から彼等の科学を見つけるのに過ぎない。芸術の――或は直観の尊さはそこに存してゐるのである。
 僕はこのコクトオの言葉の新時代の芸術家たちに方向を錯《あやま》らせることを惧《おそ》れてゐる。あらゆる芸術上の傑作は「二二が四」に終つてゐるかも知れない。しかし決して「二二が四」から始まつてゐるとは限らないのである。僕は必ずしも科学的精神を抛《はふ》つてしまへと云ふのではない。が、科学的精神は詩的
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