る。それから何年か(或は何箇月か)同棲生活の後、その女人と交《まじは》ることに対する嫌悪の情を与へてゐる。それから、……
 しかし社会の命令は自然の命令と一致してゐない。のみならず屡《しばしば》反対してゐる。そればかりならば差支へない(?)。しかし僕等は僕等自身の中に自然の命令を否定する何か不思議なるものを持ち合せてゐる。従つてあらゆる自然主義者は理論上最左翼に立たなければならぬ。或は最左翼の向うにある暗黒の中に立たなければならぬ。
「地球の外へ!」と云ふボオドレエルの散文詩は決して机の上の産物ではない。

     六 ハムズン

 性慾の中に詩のあることは前人もとうに発見してゐた。が、食慾の中にも詩のあることはハムズンを待たなければならなかつたのである。何と云ふ僕等の間抜けさ加減!

     七 語彙

「夜明け」と云ふ意味の「平明」はいつか「手のこまない」と云ふ意味に変り、「死んだ父」と云ふ意味の「先人」はいつか「古人」と云ふ意味に変つてゐる。僕自身も「姿」とか「形」とか云ふ意味に「ものごし」と云ふ言葉を使ひ、凄《すさ》まじい火災の形容に「大紅蓮《だいぐれん》」と云ふ言葉を使つ
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