めし駿走らしかつたであらう。さう言へば正宗白鳥《まさむねはくてう》氏も昔は白塚《はくちよう》と号してゐたかと思ふ。これは僕の記憶違ひかも知れない。が、若し違つてゐないとすれば、この号も兎《と》に角《かく》年少時代の正宗氏を想はせるのに足るものであらう。僕は昔の文人たちの雅号を幾つも持つてゐたのは必《かならず》しも道楽に拵《こしら》へたのではない。彼等の趣味の進歩に応じておのづから出来たものと思つてゐる。(同前)

     五 シルレルの頭蓋骨

 シルレルの遺骸《ゐがい》は彼の歿年、――千八百五年以来、ちやんとワイマアルの大公爵家の霊廟《れいべう》の中に収められてゐた。が、二十年ばかりたつた後《のち》、その霊廟を再建《さいこん》する際に頭蓋骨《づがいこつ》だけゲエテに贈ることになつた。ゲエテは彼の机の上にこの旧友の頭蓋骨を置き、「シルレル」と題する詩を作つた。そればかりではない。エエベルラインなどは御苦労にも「シルレルの頭蓋骨を見守れるゲエテ」とか何《なん》とか言ふ半身像を作つた。けれどもこれはシルレルではない、誰か他の人の頭蓋骨だつた。(ほんたうのシルレルの頭蓋骨はやつと近年テユウ
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