続澄江堂雑記
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鑑定《かんてい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)時々|夏目《なつめ》先生の
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     一 夏目先生の書

 僕にも時々|夏目《なつめ》先生の書を鑑定《かんてい》してくれろと言ふ人がある。が、僕の眼光ではどうも判然とは鑑定出来ない、唯まつ赤な贋《に》せものだけはおのづから正体《しやうたい》を現はしてくれる。僕は近頃その贋《に》せものの中に決して贋にものとは思はれぬ一本の扇《あふぎ》に遭遇した。成程《なるほど》この扇に書いてある句は漱石《そうせき》と言ふ名はついてゐても、確かに夏目先生の書いたものではない。しかし又句がらや書体から見れば、夏目先生の贋せものを作る為に書いたのではないことも確《たし》かである。この漱石とは何ものであらうか? 太白堂三世《たうはくだうさんせい》村田桃鄰《むらたたうりん》も始めの名はやはり漱石である。けれども僕の見た扇はさほど古いものとも思はれない。僕はこの贋せものならざるに贋せものと呼ばれる扇の筆者を如何《いか》にも気の毒に思つてゐる。因《ちな
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