ビンゲンの解剖学《かいばうがく》の教授に発見された。)僕はかう言ふ話を読み、悪魔のいたづらを見たやうに感じた。他人の頭蓋骨に感激したゲエテは勿論|滑稽《こつけい》に見えるであらう。しかしその頭蓋骨がなかつたとしたらば、ゲエテ詩集は少くとも「シルレル」の一篇を欠いてゐたのである。(十一月二十日)
六 美人禍
ゲエテをワイマアルの宮廷から退《しりぞ》かせたのはフオン・ハイゲンドルフ夫人である。しかも又シヨオペンハウエルに一世一代の恋歌《れんか》を作らせたのもやはりこのフオン・ハイゲンドルフ夫人である。前者に反感を抱いた女性は彼女の外《ほか》になかつたらしい。後者に好感を与へたのは勿論彼女|一人《ひとり》である。兎《と》に角《かく》両天才を悩ませただけでも、ただの女ではなかつたのであらう。現に写真に徴《ちやう》すると、目の大きい、鼻の尖《とが》つた、如何《いか》にも一癖ありげな美人である。(二十一日)
七 放心
僕は教師をしてゐた頃、ネクタイをするのを忘れたまま、澄まして往来《わうらい》を歩いてゐた。それを幸ひにも見つけてくれたのは当年の菅忠雄《すがただを》君
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