うな女が会釈《ゑしやく》をした時、おれは相手を卑《いや》しむより先に、こちらも眼で笑ひながら、黙礼を返さずにはゐられなかつた。
それから毎日夕方になると、必ず混血児《あひのこ》の女は向うの窓の前へ立つて、下品な嬌態《けうたい》をつくりながら、慇懃《いんぎん》におれへ会釈《ゑしやく》をする。時によると鉢植の薔薇《ばら》や百合《ゆり》の花を折つて、往来越しにこちらの窓へ投げてよこす事もある。
するとおれもいつの間《ま》にか、古ぼけた肱掛椅子《ひぢかけいす》に腰を下して、往来の人音を聞く事が懶《ものう》いやうになり始めた。いくらおれが待ち暮した所で、客は永久に来ないかも知れない。おれはあまり長い間《あひだ》、鏡にうつるおれ自身の相手を勤めてゐたやうな気がする。もう遠来の客ばかり待つてゐるのは止めにしよう。
そこであの私窩子《しくわし》のやうな女が会釈《ゑしやく》をすると、おれの方でも必ず会釈《ゑしやく》をする。
それが又長い長い間の事であつた。
所が或朝、おれの所へ来た手紙を見ると、折角《せつかく》おれを尋ねたが、いくら電鈴の鈕《ボタン》を押しても、誰|一人《ひとり》返事をしなかつ
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング