ある苛立《いらだ》たしさを感じ出した。三重子は畢竟《ひっきょう》不良少女である。が、彼の恋愛は全然|冷《ひ》え切っていないのかも知れない。さもなければ彼はとうの昔に博物館の外を歩いていたのであろう。もっとも情熱は失ったにもせよ、欲望は残っているはずである。欲望?――しかし欲望ではない。彼は今になって見ると、確かに三重子を愛している。三重子は枕を蹴上《けあ》げたりした。けれどもその足は色の白いばかりか、しなやかに指を反《そ》らせている。殊にあの時の笑い声は――彼は小首を傾けた三重子の笑い声を思い出した。
二時|四十《しじっ》分。
二時|四十《しじゅう》五分。
三時。
三時五分。
三時十分になった時である。中村は春のオヴァ・コオトの下にしみじみと寒さを感じながら、人気《ひとけ》のない爬虫類の標本室を後《うし》ろに石の階段を下りて行った。いつもちょうど日の暮のように仄暗《ほのぐら》い石の階段を。
× × ×
その日も電燈のともり出した時分、中村はあるカフェの隅に彼の友だちと話していた。彼の友だちは堀川《ほりかわ》という小説家志
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