望の大学生である。彼等は一杯の紅茶を前に自動車の美的価値を論じたり、セザンヌの経済的価値を論じたりした。が、それ等にも疲れた後《のち》、中村は金口《きんぐち》に火をつけながら、ほとんど他人の身の上のようにきょうの出来事を話し出した。
「莫迦《ばか》だね、俺は。」
 話しを終った中村はつまらなそうにこうつけ加えた。
「ふん、莫迦がるのが一番莫迦だね。」
 堀川は無造作《むぞうさ》に冷笑した。それからまたたちまち朗読するようにこんなことをしゃべり出した。
「君はもう帰ってしまう。爬虫類《はちゅうるい》の標本室はがらんとしている。そこへ、――時間はいくらもたたない。やっと三時十五分くらいだね、そこへ顔の青白い女学生が一人《ひとり》はいって来る。勿論《もちろん》看守も誰もいない。女学生は蛇や蜥蜴《とかげ》の中にいつまでもじっと佇《たたず》んでいる。あすこは存外《ぞんがい》暮れ易いだろう。そのうちに光は薄れて来る。閉館の時刻《じこく》もせまって来る。けれども女学生は同じようにいつまでもじっと佇んでいる。――と考えれば小説だがね。もっとも気の利《き》いた小説じゃない。三重子なるものは好《い》いとし
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