つとは云われません。」
老人はだんだん小声になった。
「事によると泥烏須《デウス》自身も、この国の土人に変るでしょう。支那や印度も変ったのです。西洋も変らなければなりません。我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。薔薇《ばら》の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明《ゆうあか》りにもいます。どこにでも、またいつでもいます。御気をつけなさい。御気をつけなさい。………」
その声がとうとう絶えたと思うと、老人の姿も夕闇の中へ、影が消えるように消えてしまった。と同時に寺の塔からは、眉をひそめたオルガンティノの上へ、アヴェ・マリアの鐘が響き始めた。
× × ×
南蛮寺《なんばんじ》のパアドレ・オルガンティノは、――いや、オルガンティノに限った事ではない。悠々とアビトの裾《すそ》を引いた、鼻の高い紅毛人《こうもうじん》は、黄昏《たそがれ》の光の漂《ただよ》った、架空《かくう》の月桂《げっけい》や薔薇の中から、一双の屏風《びょうぶ》へ帰って行った。南蛮船《なんばんせん》入津《にゅうしん》の図を描《か》いた、三世紀以前の古屏風へ。
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