やこの剣を。地獄《じごく》の炎《ほのお》に焼かれた物なら、こんなに清浄ではいない筈です。さあ、もう呪文《じゅもん》なぞを唱えるのはおやめなさい。」
 オルガンティノはやむを得ず、不愉快そうに腕組をしたまま、老人と一しょに歩き出した。
「あなたは天主教《てんしゅきょう》を弘《ひろ》めに来ていますね、――」
 老人は静かに話し出した。
「それも悪い事ではないかも知れません。しかし泥烏須《デウス》もこの国へ来ては、きっと最後には負けてしまいますよ。」
「泥烏須《デウス》は全能の御主《おんあるじ》だから、泥烏須に、――」
 オルガンティノはこう云いかけてから、ふと思いついたように、いつもこの国の信徒に対する、叮嚀《ていねい》な口調を使い出した。
「泥烏須《デウス》に勝つものはない筈です。」
「ところが実際はあるのです。まあ、御聞きなさい。はるばるこの国へ渡って来たのは、泥烏須《デウス》ばかりではありません。孔子《こうし》、孟子《もうし》、荘子《そうし》、――そのほか支那からは哲人たちが、何人もこの国へ渡って来ました。しかも当時はこの国が、まだ生まれたばかりだったのです。支那の哲人たちは道のほか
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