あろう。」
 オルガンティノはそう思いながら、砂の赤い小径《こみち》を歩いて行った。すると誰か後から、そっと肩を打つものがあった。彼はすぐに振り返った。しかし後には夕明りが、径《みち》を挟んだ篠懸《すずかけ》の若葉に、うっすりと漂《ただよ》っているだけだった。
「御主《おんあるじ》。守らせ給え!」
 彼はこう呟《つぶや》いてから、徐《おもむ》ろに頭《かしら》をもとへ返した。と、彼の傍《かたわら》には、いつのまにそこへ忍び寄ったか、昨夜の幻に見えた通り、頸《くび》に玉を巻いた老人が一人、ぼんやり姿を煙らせたまま、徐《おもむ》ろに歩みを運んでいた。
「誰だ、お前は?」
 不意を打たれたオルガンティノは、思わずそこへ立ち止まった。
「私《わたし》は、――誰でもかまいません。この国の霊の一人です。」
 老人は微笑《びしょう》を浮べながら、親切そうに返事をした。
「まあ、御一緒に歩きましょう。私はあなたとしばらくの間《あいだ》、御話しするために出て来たのです。」
 オルガンティノは十字を切った。が、老人はその印《しるし》に、少しも恐怖を示さなかった。
「私は悪魔ではないのです。御覧なさい、この玉
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