の隅がのこっているわ。(砂をまく)
――今度は廊下をまきましょう。(皆去る)
×
青年が二人|蝋燭《ろうそく》の灯の下に坐っている。
B あすこへ行くようになってからもう一年になるぜ。
A 早いものさ。一年前までは唯一実在だの最高善だのと云う語に食傷《しょくしょう》していたのだから。
B 今じゃあアートマンと云う語さえ忘れかけているぜ。
A 僕もとうに「ウパニシャッドの哲学よ、さようなら」さ。
B あの時分はよく生だの死だのと云う事を真面目になって考えたものだっけな。
A なあにあの時分は唯考えるような事を云っていただけさ。考える事ならこの頃の方がどのくらい考えているかわからない。
B そうかな。僕はあれ以来一度も死なんぞと云う事を考えた事はないぜ。
A そうしていられるならそれでもいいさ。
B だがいくら考えても分らない事を考えるのは愚じゃあないか。
A しかし御互に死ぬ時があるのだからな。
B まだ一年や二年じゃあ死なないね。
A どうだか。
B それは明日にも死ぬかもわからないさ。けれどもそんな事を心配していたら、何一つ面白い事は出来なくなってしまうぜ。
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