らう。
「わたしの現にしてゐることをヨハネに話して聞かせるが善い。」

     12[#「12」は縦中横] 悪魔

 クリストは四十日の断食をした後、目《ま》のあたりに悪魔と問答した。我々も悪魔と問答をする為には何等かの断食[#「何等かの断食」に傍点]を必要としてゐる。我々の或ものはこの問答の中に悪魔の誘惑に負けるであらう。又或ものは誘惑に負けずに我々自身を守るであらう。しかし我々は一生を通じて悪魔と問答をしないこともあるのである。クリストは第一にパンを斥《しりぞ》けた。が、「パンのみでは[#「のみでは」に傍点]生きられない」と云ふ註釈を施すのを忘れなかつた。それから彼自身の力を恃《たの》めと云ふ悪魔の理想主義者的忠告を斥けた。しかし又「主たる汝の神を試みてはならぬ」と云ふ弁証法を用意してゐた。最後に「世界の国々とその栄華と」を斥けた。それはパンを斥けたのと或は同じことのやうに見えるであらう。しかしパンを斥けたのは現実的欲望を斥けたのに過ぎない。クリストはこの第三の答の中に我々自身の中に絶えることのない、あらゆる地上の夢を斥けたのである。この論理以上の論理的決闘はクリストの勝利に違
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