ミなかつた。ヤコブの天使と組み合つたのも恐らくはかう云ふ決闘だつたであらう。悪魔は畢《つひ》にクリストの前に頭を垂れるより外はなかつた。けれども彼のマリアと云ふ女人の子供であることは忘れなかつた。この悪魔との問答はいつか重大な意味を与へられてゐる。が、クリストの一生では必しも大事件と云ふことは出来ない。彼は彼の一生の中に何度も「サタンよ、退け」と言つた。現に彼の伝記作者の一人、――ルカはこの事件を記した後、「悪魔この試み皆|畢《をわ》りて暫く[#「暫く」に傍点]彼を離れたり」とつけ加へてゐる。

     13[#「13」は縦中横] 最初の弟子たち

 クリストは僅かに十二歳の時に彼の天才を示してゐる。が、洗礼を受けた後も誰も弟子になるものはなかつた。村から村を歩いてゐた彼は定めし寂しさを感じたであらう。けれどもとうとう四人の弟子たちは――しかも四人の漁師たちは彼の左右に従ふことになつた。彼等に対するクリストの愛は彼の一生を貫いてゐる。彼は彼等に囲まれながら、見る見る鋭い舌に富んだ古代のジヤアナリストになつて行つた。

     14[#「14」は縦中横] 聖霊の子供

 クリストは古
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