ス。が、彼の住まつてゐた荒野は必しも日の光のないものではなかつた。少くともクリスト自身の中にあつた、薄暗い荒野に比べて見れば……。
11[#「11」は縦中横] ヨハネ
バプテズマのヨハネはロマン主義を理解出来ないクリストだつた。彼の威厳は荒金《あらがね》のやうにそこにかがやかに残つてゐる。彼のクリストに及ばなかつたのも恐らくはその事実に存するであらう。クリストに洗礼を授けたヨハネは※[#「木+解」、第3水準1−86−22]《かし》の木のやうに逞《たくま》しかつた。しかし獄中にはひつたヨハネはもう枝や葉に漲《みなぎ》つてゐる※[#「木+解」、第3水準1−86−22]の木の力を失つてゐた。彼の最後の慟哭《どうこく》はクリストの最後の慟哭のやうにいつも我々を動かすのである。――
「クリストはお前だつたか、わたしだつたか?」
ヨハネの最後の慟哭は――いや、必しも慟哭ばかりではない。太い※[#「木+解」、第3水準1−86−22]の木は枯かかつたものの、未だに外見だけは枝を張つてゐる。若《も》しこの気力さへなかつたとしたならば、二十何歳かのクリストは決して冷かにかう言はなかつたで
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