Nリストを知らないと言つてゐる。ユダのクリストを売つたのはやはり今日の政治家たちの彼等の首領を売るのと同じことだつたであらう。パピニも亦ユダのクリストを売つたのを大きい謎に数へてゐる。が、クリストは明らかに誰にでも売られる危機に立つてゐた。祭司の長《をさ》たちはユダの外にも何人かのユダを数へてゐた筈《はず》である。唯ユダはこの道具になるいろいろの条件を具へてゐた。勿論それ等の条件の外に偶然も加はつてゐたことであらう。後代はクリストを「神の子」にした。それは又同時にユダ自身の中に悪魔を発見することになつたのである。しかしユダはクリストを売つた後、白楊の木に縊死《いし》してしまつた。彼のクリストの弟子だつたことは、――神の声を聞いたものだつたことは或はそこにも見られるかも知れない。ユダは誰よりも彼自身を憎んだ。十字架に懸つたクリストも勿論彼を苦しませたであらう。しかし彼を利用した祭司の長《をさ》たちの冷笑もやはり彼を憤《いきどほ》らせたであらう。「お前のしたいことをはたすが善《よ》い。」
かう云ふユダに対するクリストの言葉は軽蔑と憐憫《れんびん》とに溢《あふ》れてゐる。「人の子」クリスト
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