ヘ彼自身の中にも或はユダを感じてゐたかも知れない。しかしユダは不幸にもクリストのアイロニイを理解しなかつた。
30[#「30」は縦中横] ピラト
ピラトはクリストの一生には唯偶然に現れたものである。彼は畢《つひ》に代名詞に過ぎない。後代も亦この官吏に伝説的色彩を与へてゐる。しかしアナトオル・フランスだけはかう云ふ色彩に欺《あざむ》かれなかつた。
31[#「31」は縦中横] クリストよりもバラバを
クリストよりもバラバを――それは今日でも同じことである。バラバは叛逆を企てたであらう。同時に又人々を殺したであらう。しかし彼等はおのづから彼の所業を理解してゐる。ニイチエは後代のバラバたちを街頭の犬に比《たと》へたりした。彼等は勿論バラバの所業に憎しみや怒りを感じてゐたであらう。が、クリストの所業には、――恐らくは何も感じなかつたであらう。若《も》し何か感じてゐたとすれば、それは彼等の社会的に感じなければならぬと思つたものである。彼等の精神的奴隷たちは、――肉体だけ逞《たくま》しい兵卒たちはクリストに荊《いばら》の冠《かんむり》をかむらせ、紫の袍《ほう》をまとは
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