I正義の為に戦ひつづけた。あらゆる彼の逆説はそこに源《みなもと》を発してゐる。後代の神学はそれ等の逆説を最も詩の外に解釈しようとした。それから、――誰も読んだことのない、退屈な無数の本を残した。ヴオルテエルは今日では滑稽なほど「神学」の神を殺す為に彼の剣を揮《ふる》つてゐる。しかし「主なる神」は死ななかつた。同時に又クリストも死ななかつた。神はコンクリイトの壁に苔の生える限り、いつも我々の上に臨んでゐるであらう。ダンテはフランチエスカを地獄に堕《おと》した。が、いつかこの女人を炎の中から救つてゐた。一度でも悔い改めたものは――美しい一瞬間を持つたものはいつも「限りなき命」に入つてゐる。感傷主義の神と呼ばれ易いのも恐らくはかう云ふ事実の為であらう。

     21[#「21」は縦中横] 故郷

「予言者は故郷に入れられず。」――それは或はクリストには第一の十字架だつたかも知れない。彼は畢《つひ》には全ユダヤを故郷としなければならなかつた。汽車や自動車や汽船や飛行機は今日ではあらゆるクリストに世界中を故郷にしてゐる。勿論又あらゆるクリストは故郷に入れられなかつたのに違ひない。現にポオを入
前へ 次へ
全34ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング