た。酔っているのは勿論、承知している。が、いい加減な駄法螺《だぼら》を聞かせられて、それで黙って恐れ入っては、制服の金釦《きんボタン》に対しても、面目が立たない。
「しかし私には、それほど特に警戒する必要があるとは思われませんが――あなたはどう云う理由で、そうお考えなのですか。」
「理由? 理由はないが、事実がある。僕はただ西南戦争の史料を一々綿密に調べて見た。そうしてその中から、多くの誤伝を発見した。それだけです。が、それだけでも、十分そう云われはしないですか。」
「それは勿論、そう云われます。では一つ、その御発見になった事実を伺いたいものですね。私なぞにも大いに参考になりそうですから。」
老紳士はパイプを銜《くわ》えたまま、しばらく口を噤《つぐ》んだ。そうして眼を硝子窓の外へやりながら、妙にちょいと顔をしかめた。その眼の前を横ぎって、数人の旅客の佇《たたず》んでいる停車場が、くら暗と雨との中をうす明く飛びすぎる。本間さんは向うの気色《けしき》を窺《うかが》いながら、腹の中でざまを見ろと呟きたくなった。
「政治上の差障《さしさわ》りさえなければ、僕も喜んで話しますが――万一秘密の洩
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