。好《い》いか? わかつたか? わかつたら、もうさつきのやうに見たいの何のと云ふんぢやあないぞ。」
わたしは兄の声の中に何時にない情あひを感じました。が、兄の英吉位、妙な人間はございません。優しい声を出したかと思ふと、今度は又ふだんの通り、突然わたしを嚇《おどか》すやうにかう申すのでございます。
「そりやあ云ひたけりやあ云つても好《い》い。その代り痛い目に遇はされると思へ。」
兄は憎体《にくてい》に云ひ放つたなり、徳蔵にも挨拶も何もせずに、さつさと何処かへ行つてしまひました。
その晩のことでございます。わたしたち四人は土蔵の中に、夕飯の膳を囲みました。尤も母は枕の上に顔を挙げただけでございますから、囲んだものの数にははひりません。しかしその晩の夕飯は何時もより花やかな気がしました。それは申す迄もございません。あの薄暗い無尽燈の代りに、今夜は新しいランプの光が輝いてゐるからでございます。兄やわたしは食事のあひ間も、時々ランプを眺めました。石油を透《す》かした硝子の壺、動かない焔を守つた火屋《ほや》、――さう云ふものの美しさに満ちた珍しいランプを眺めました。
「明るいな。昼のやうだな
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