そんなにがみがみ云はないでも。」
母はうるささうに眼を閉ぢました。が、兄はそれも聞えぬやうに叱り続けるのでございます。
「十五にもなつてゐる癖に、ちつとは理窟もわかりさうなもんだ? 高があんなお雛様位! 惜しがりなんぞするやつがあるもんか?」
「お世話焼きぢや! 兄さんのお雛様ぢやあないぢやあないか?」
わたしも負けずに云ひ返しました。その先は何時も同じでございます。二言三言云ひ合ふ中に、兄はわたしの襟上《えりがみ》を掴《つか》むと、いきなり其処へ引き倒しました。
「お転婆!」
兄は母さへ止めなければ、この時もきつと二つ三つは折檻《せつかん》して居つたでございませう。が、母は枕の上に半ば頭を擡《もた》げながら、喘《あへ》ぎ喘ぎ兄を叱りました。
「お鶴が何をしやあしまいし、そんな目に遇はせるにやあ当らないぢやあないか。」
「だつてこいつはいくら云つても、あんまり聞き分けがないんですもの。」
「いいえ、お鶴ばかり憎いのぢやあないだらう? お前は……お前は、……」
母は涙をためた儘、悔やしさうに何度も口ごもりました。
「お前はわたしが憎いのだらう? さもなけりやあわたしが病気だと云ふ
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