「ぢやあもう無尽燈はお廃止ですか?」
「あれももうお暇の出し時だらう。」
「古いものはどしどし止《や》めることです。第一お母さんもランプになりやあ、ちつとは気も晴れるでせうから。」
父はそれぎり元のやうに、又|算盤《そろばん》を弾《はじ》き出しました。が、わたしの念願は相手にされなければされないだけ、強くなるばかりでございます。わたしはもう一度後ろから父の肩を揺すぶりました。
「よう、お父さんつてば。よう。」
「うるさい!」
父は後ろを振り向きもせずに、いきなりわたしを叱りつけました。のみならず兄も意地悪さうに、わたしの顔を睨《にら》めて居ります。わたしはすつかり悄気返《しよげかへ》つた儘、そつと又奥へ帰つて来ました。すると母は何時《いつ》の間にか、熱のある眼を挙げながら、顔の上にかざした手の平を眺めてゐるのでございます。それがわたしの姿を見ると、思ひの外《ほか》はつきりかう申しました。
「お前、何をお父さんに叱られたのだえ?」
わたしは返事に困りましたから、枕もとの羽根楊枝《はねやうじ》をいぢつて居りました。
「又何か無理を云つたのだらう?……」
母はぢつとわたしを見たなり
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