かし辰子は無頓着《むとんじゃく》に羽織の紐《ひも》をいじりいじり、落ち着いた声に話しつづけた。
「田舎《いなか》の家《うち》の庭を描《か》いたのですって。――大村の家は旧家なんですって。」
「今は何をしているの?」
「県会議員か何《なん》かでしょう。銀行や会社も持っているようよ。」
「あの人は次男か三男かなの?」
「長男――って云うのかしら? 一人きりしかいないんですって。」
 広子はいつか彼等の話が当面の問題へはいり出した、――と言うよりもむしろその一部を解決していたのに気がついた。今度の事件を聞かされて以来、彼女の気がかりになっていたのはやはり篤介の身分《みぶん》だった。殊に貧しげな彼の身なりはこの世俗的な問題に一層の重みを加えていた。それを今彼等の問答は無造作《むぞうさ》に片づけてしまったのだった。ふとその事実に気のついた広子は急に常談《じょうだん》を言う寛《くつろ》ぎを感じた。
「じゃ立派《りっぱ》な若旦那様なのね。」
「ええ、ただそりゃボエエムなの。下宿《げしゅく》も妙なところにいるのよ。羅紗屋《らしゃや》の倉庫《そうこ》の二階を借りているの。」
 辰子はほとんど狡猾《こうか
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