通りだった。が、何かその間に不思議な変化が起っていた。何か?――広子はたちまちこの変化を油画の上に発見した。机の上の玉葱《たまねぎ》だの、繃帯《ほうたい》をした少女の顔だの、芋畠《いもばたけ》の向うの監獄だのはいつの間《ま》にかどこかへ消え失《う》せていた。あるいは消え失せてしまわないまでも、二年前には見られなかった、柔かい明るさを呼吸していた。殊に広子は正面《しょうめん》にある一枚の油画に珍らしさを感じた。それはどこかの庭を描《えが》いた六号ばかりの小品《しょうひん》だった。白茶《しらちゃ》けた苔《こけ》に掩《おお》われた木々と木末《こずえ》に咲いた藤の花と木々の間に仄《ほの》めいた池と、――画面にはそのほかに何もなかった。しかしそこにはどの画《え》よりもしっとりした明るさが漂《ただよ》っていた。
「あなたの画、あそこにあるのも?」
辰子は後《うし》ろを振り向かずに、姉の指《ゆびさ》した画を推察した。
「あの画? あれは大村《おおむら》の。」
大村は篤介の苗字《みょうじ》だった。広子は「大村の」に微笑を感じた。が、一瞬間|羨《うらや》ましさに似た何ものかを感じたのも事実だった。し
前へ
次へ
全24ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング