事実ばかりだった。広子は勿論|行《ぎょう》の間に彼等の関係を読もうとした。実際またそう思って読んで行けば、疑わしい個所もないではなかった。けれども再応《さいおう》考えて見ると、それも皆彼女の邪推《じゃすい》らしかった。広子は今もとりとめのない苛立《いらだ》たしさを感じながら、もう一度何か憂鬱《ゆううつ》な篤介の姿を思い浮べた。すると急に篤介の匂《におい》――篤介の体の発散する匂は干《ほ》し草《くさ》に似ているような気がし出した。彼女の経験に誤りがなければ、干し草の匂のする男性はたいてい浅ましい動物的の本能に富んでいるらしかった。広子はそう云う篤介と一しょに純粋な妹を考えるのは考えるのに堪えない心もちがした。
広子の聯想《れんそう》はそれからそれへと、とめどなしに流れつづけた。彼女は汽車の窓側《まどぎわ》にきちりと膝《ひざ》を重ねたまま、時どき窓の外へ目を移した。汽車は美濃《みの》の国境《くにざかい》に近い近江《おうみ》の山峡《やまかい》を走っていた。山峡には竹藪《たけやぶ》や杉林の間に白じろと桜の咲いているのも見えた。「この辺《へん》は余ほど寒いと見える。」――広子はいつか嵐山《あら
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