子は他人の身の上のように彼の求婚した時のことを話した。しかもそれは抒情詩《じょじょうし》よりもむしろ喜劇に近いものだった。――
「大村は電話で求婚したの。可笑《おか》しいでしょう? 何《なん》でも画《え》に失敗して、畳の上にころがっていたら、急にそんな気になったんですって。だっていきなりどうだって言ったって、返事に困ってしまうじゃないの? おまけにその時は電話室の外へ母《かあ》さんも探《さが》しものに来ているんでしょう? わたし、仕かたがなかったから、ただウイ、ウイって言って置いたの。……」
それから?――それから先も妹の話は軽快に事件を追って行った。彼等は一しょに展覧会を見たり、植物園へ写生に行ったり、ある独逸《ドイツ》のピアニストを聴《き》いたりしていた。が、彼等の関係は辰子の言葉を信用すれば、友だち以上に出ないものだった。広子はそれでも油断せずに妹の顔色を窺《うかが》ったり、話の裏を考えたり、一二度は鎌《かま》さえかけて見たりした。しかし辰子は電燈の光に落ち着いた瞳《ひとみ》を澄《す》ませたまま、少しも臆《おく》した色を見せないのだった。
「まあ、ざっとこう言う始末《しまつ》な
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