にく》いためと解釈した。が、今になって見ると、その沈黙は話し悪いよりも、むしろ話したさをこらえながら、姉の勧《すす》めるのを待っていたのだった。広子は勿論|後《うし》ろめたい気がした。
 しかしまた咄嗟《とっさ》に妹の言葉を利用することも忘れなかった。
「あら、あなたこそ話さないんじゃないの?――じゃすっかり聞かせて頂戴。その上でわたしも考えて見るから。」
「そう? じゃとにかく話して見るわ。その代りひやかしたり何かしちゃ厭《いや》よ。」
 辰子はまともに姉の顔を見たまま、彼女の恋愛問題を話し出した。広子は小首《こくび》を傾けながら、時々返事をする代りに静かな点頭《てんとう》を送っていた。が、内心はこの間も絶えず二つの問題を解決しようとあせっていた。その一つは彼等の恋愛の何のために生じたかと言うことであり、もう一つは彼等の関係のどのくらい進んでいるかと言うことだった。しかし正直な妹の話もほとんど第一の問題には何の解決も与えなかった。辰子はただ篤介と毎日顔を合せているうちにいつか彼と懇意《こんい》になり、いつかまた彼を愛したのだった。のみならず第二の問題もやはり判然とはわからなかった。辰
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