どうせ誤解はされ通しよ。何しろ研究所の連中と来たら、そりゃ口がうるさいんですもの。」
広子はちょっと苛立《いらだ》たしさを感じた。のみならず取り澄ました妹の態度も芝居ではないかと言う猜疑《さいぎ》さえ生じた。すると辰子は弄《もてあそ》んでいた羽織の紐《ひも》を投げるようにするなり、突然こう言う問《とい》を発した。
「母《かあ》さんは許して下さるでしょうか?」
広子はもう一度|苛立《いらだ》たしさを感じた。それは恬然《てんぜん》と切りこんで来る妹に対する苛立たしさでもあれば、だんだん受太刀《うけだち》になって来る彼女自身に対する苛立たしさでもあった。彼女は篤介の油画へ浮かない目を遊ばせたまま「そうねえ」と煮《に》え切らない返事をした。
「姉さんから話していただけない?」
辰子はやや甘えるように広子の視線を捉《とら》えようとした。
「わたしから話すったって、――わたしもあなたたちのことは知らないじゃないの?」
「だから聞いて頂戴《ちょうだい》って言っているのよ。それをちっとも姉さんは聞く気になってくれないんですもの。」
広子はこの話のはじまった時、辰子のしばらく沈黙したのを話し悪《
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