ない。五分刈《ごぶが》りに刈った頭でも、紺飛白《こんがすり》らしい着物でも、ほとんど清太郎とそっくりである。しかしおとといも喀血《かっけつ》した患者《かんじゃ》の清太郎が出て来るはずはない。況《いわん》やそんな真似《まね》をしたりするはずはない。
「姐《ねえ》さん、お金をおくれよう。」
その少年はやはり抱《だ》きついたまま、甘えるようにこう声をかけた。その声もまた不思議にも清太郎の声ではないかと思うくらいである。気丈《きじょう》なNさんは左の手にしっかり相手の手を抑えながら、「何です、失礼な。あたしはこの屋敷のものですから、そんなことをおしなさると、門番の爺《じい》やさんを呼びますよ」と言った。
けれども相手は不相変《あいかわらず》「お金をおくれよう」を繰り返している。Nさんはじりじり引き戻されながら、もう一度この少年をふり返った。今度もまた相手の目鼻立ちは確かに「はにかみや」の清太郎である。Nさんは急に無気味《ぶきみ》になり、抑えていた手を緩《ゆる》めずに出来るだけ大きい声を出した。
「爺やさん、来て下さい!」
相手はNさんの声と一しょに、抑えられていた手を振りもぎろうとした。
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