り》には豕《いのこ》が飼ってあるとか、いろいろ教えて下さいました。しかしそれよりも嬉しかったのは、烏帽子《えぼし》さえかぶらない土人の男女が、俊寛様の御姿を見ると、必ず頭を下げた事です。殊に一度なぞはある家の前に、鶏《とり》を追っていた女の児さえ、御時宜《おじぎ》をしたではありませんか? わたしは勿論嬉しいと同時に、不思議にも思ったものですから、何か訳のある事かと、そっと御主人に伺《うかが》って見ました。
「成経《なりつね》様や康頼《やすより》様が、御話しになった所では、この島の土人も鬼《おに》のように、情《なさけ》を知らぬ事かと存じましたが、――」
「なるほど、都にいるものには、そう思われるに相違あるまい。が、流人《るにん》とは云うものの、おれたちは皆|都人《みやこびと》じゃ。辺土《へんど》の民はいつの世にも、都人と見れば頭を下げる。業平《なりひら》の朝臣《あそん》、実方《さねかた》の朝臣、――皆大同小異ではないか? ああ云う都人もおれのように、東《あずま》や陸奥《みちのく》へ下《くだ》った事は、思いのほか楽しい旅だったかも知れぬ。」
「しかし実方の朝臣などは、御隠れになった後《のち
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