》でさえ、都恋しさの一念から、台盤所《だいばんどころ》の雀《すずめ》になったと、云い伝えて居《お》るではありませんか?」
「そう云う噂《うわさ》を立てたものは、お前と同じ都人じゃ。鬼界《きかい》が島《しま》の土人と云えば、鬼のように思う都人じゃ。して見ればこれも当てにはならぬ。」
 その時また一人御主人に、頭を下げた女がいました。これはちょうど榕樹《あこう》の陰に、幼な児を抱いていたのですが、その葉に後《うしろ》を遮《さえぎ》られたせいか、紅染《べにぞ》めの単衣《ひとえ》を着た姿が、夕明りに浮んで見えたものです。すると御主人はこの女に、優《やさ》しい会釈《えしゃく》を返されてから、
「あれが少将の北《きた》の方《かた》じゃぞ。」と、小声に教えて下さいました。
 わたしはさすがに驚きました。
「北《きた》の方《かた》と申しますと、――成経様はあの女と、夫婦になっていらしったのですか?」
 俊寛様は薄笑いと一しょに、ちょいと頷《うなず》いて御見せになりました。
「抱いていた児も少将の胤《たね》じゃよ。」
「なるほど、そう伺って見れば、こう云う辺土《へんど》にも似合わない、美しい顔をして居り
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