御手に、間近い磯山《いそやま》を御指しになりました。
「住居と云っても、檜肌葺《ひわだぶ》きではないぞ。」
「はい、それは承知して居ります。何しろこんな離れ島でございますから、――」
 わたしはそう云いかけたなり、また涙に咽《むせ》びそうにしました。すると御主人は昔のように、優しい微笑を御見せになりながら、
「しかし居心《いごころ》は悪くない住居じゃ。寝所《ねどころ》もお前には不自由はさせぬ。では一しょに来て見るが好《よ》い。」と、気軽に案内をして下さいました。
 しばらくの後《のち》わたしたちは、浪ばかり騒がしい海べから、寂しい漁村《ぎょそん》へはいりました。薄白い路の左右には、梢《こずえ》から垂れた榕樹《あこう》の枝に、肉の厚い葉が光っている、――その木の間に点々と、笹葺《ささぶ》きの屋根を並べたのが、この島の土人の家なのです。が、そう云う家の中に、赤々《あかあか》と竈《かまど》の火が見えたり、珍らしい人影が見えたりすると、とにかく村里へ来たと云う、懐《なつか》しい気もちだけはして来ました。
 御主人は時々振り返りながら、この家にいるのは琉球人《りゅうきゅうじん》だとか、あの檻《お
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