ていない。おれだけは赦免にならぬのじゃ。――そう思ったおれの心の中《うち》には、わずか一弾指《いちだんし》の間《あいだ》じゃが、いろいろの事が浮んで来た。姫や若《わか》の顔、女房《にょうぼう》の罵《ののし》る声、京極《きょうごく》の屋形《やかた》の庭の景色、天竺《てんじく》の早利即利兄弟《そうりそくりきょうだい》、震旦《しんたん》の一行阿闍梨《いちぎょうあじゃり》、本朝の実方《さねかた》の朝臣《あそん》、――とても一々数えてはいられぬ。ただ今でも可笑《おか》しいのは、その中にふと車を引いた、赤牛《あかうし》の尻が見えた事じゃ。しかしおれは一心に、騒《さわ》がぬ容子《ようす》をつくっていた。勿論少将や康頼は、気の毒そうにおれを慰めたり、俊寛も一しょに乗せてくれいと、使にも頼んだりしていたようじゃ。が、赦免の下《くだ》らぬものは、何をどうしても、船へは乗れぬ。おれは不動心を振い起しながら、何故《なぜ》おれ一人赦免に洩《も》れたか、その訳をいろいろ考えて見た。高平太《たかへいだ》はおれを憎んでいる。――それも確かには違いない。しかし高平太は憎《にく》むばかりか、内心おれを恐れている。おれは前
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