《さき》の法勝寺《ほっしょうじ》の執行《しゅぎょう》じゃ。兵仗《へいじょう》の道は知る筈がない。が、天下は思いのほか、おれの議論に応ずるかも知れぬ。――高平太はそこを恐れているのじゃ。おれはこう考えたら、苦笑《くしょう》せずにはいられなかった。山門や源氏《げんじ》の侍どもに、都合《つごう》の好《い》い議論を拵《こしら》えるのは、西光法師《さいこうほうし》などの嵌《はま》り役じゃ。おれは眇《びょう》たる一|平家《へいけ》に、心を労するほど老耄《おいぼ》れはせぬ。さっきもお前に云うた通り、天下は誰でも取っているが好《い》い。おれは一巻の経文《きょうもん》のほかに、鶴《つる》の前《まえ》でもいれば安堵《あんど》している。しかし浄海入道《じょうかいにゅうどう》になると、浅学短才の悲しさに、俊寛も無気味《ぶきみ》に思うているのじゃ。して見れば首でも刎《は》ねられる代りに、この島に一人残されるのは、まだ仕合せの内かも知れぬ。――そんな事を思うている間《あいだ》に、いよいよ船出と云う時になった。すると少将の妻になった女が、あの赤児を抱いたまま、どうかその船に乗せてくれいと云う。おれは気の毒に思うたか
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