琵琶法師《びわほうし》の語る言葉を借りれば、
「天に仰ぎ地に俯《ふ》し、悲しみ給えどかいぞなき。……猶《なお》も船の纜《ともづな》に取りつき、腰になり脇になり、丈《たけ》の及ぶほどは、引かれておわしけるが、丈も及ばぬほどにもなりしかば、また空《むな》しき渚《なぎさ》に泳ぎ返り、……是具《これぐ》して行けや、我《われ》乗せて行けやとて、おめき叫び給えども、漕《こ》ぎ行く船のならいにて、跡は白浪《しらなみ》ばかりなり。」と云う、御狂乱《ごきょうらん》の一段を御話したのです。俊寛様は御珍しそうに、その話を聞いていらっしゃいましたが、まだ船の見える間《あいだ》は、手招《てまね》ぎをなすっていらしったと云う、今では名高い御話をすると、
「それは満更《まんざら》嘘ではない。何度もおれは手招《てまね》ぎをした。」と、素直《すなお》に御頷《おうなず》きなさいました。
「では都の噂通り、あの松浦《まつら》の佐用姫《さよひめ》のように、御別れを御惜しみなすったのですか?」
「二年の間同じ島に、話し合うた友だちと別れるのじゃ。別れを惜しむのは当然ではないか? しかし何度も手招ぎをしたのは、別れを惜しんだばか
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