毒になって見ても、可笑《おか》しいものは可笑しいではないか? そこでおれは笑いながら、言葉だけは真面目《まじめ》に慰めようとした。おれが少将に怒られたのは、跡にも先にもあの時だけじゃ。少将はおれが慰めてやると、急に恐しい顔をしながら、嘘をおつきなさい。わたしはあなたに慰められるよりも、笑われる方が本望ですと云うた。その途端《とたん》に、――妙ではないか? とうとうおれは吹き出してしもうた。」
「少将はどうなさいました?」
「四五日の間はおれに遇《お》うても、挨拶《あいさつ》さえ碌《ろく》にしなかった。が、その後《のち》また遇うたら、悲しそうに首を振っては、ああ、都へ返りたい、ここには牛車《ぎっしゃ》も通らないと云うた。あの男こそおれより仕合せものじゃ。――が、少将や康頼《やすより》でも、やはり居らぬよりは、いた方が好《よ》い。二人に都へ帰られた当座、おれはまた二年ぶりに、毎日寂しゅうてならなかった。」
「都の噂《うわさ》では御寂しいどころか、御歎き死《じ》にもなさり兼ねない、御容子《ごようす》だったとか申していました。」
 わたしは出来るだけ細々《こまごま》と、その御噂を御話しました。
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