一本、厳島《いつくしま》にも一本、流れ寄ったとか申していました。」
「千本の中には一本や二本、日本《にほん》の土地へも着きそうなものじゃ。ほんとうに冥護《みょうご》を信ずるならば、たった一本流すが好《よ》い。その上康頼は難有《ありがた》そうに、千本の卒塔婆《そとば》を流す時でも、始終風向きを考えていたぞ。いつかおれはあの男が、海へ卒塔婆を流す時に、帰命頂礼《きみょうちょうらい》熊野三所《くまのさんしょ》の権現《ごんげん》、分けては日吉山王《ひよしさんおう》、王子《おうじ》の眷属《けんぞく》、総じては上《かみ》は梵天帝釈《ぼんてんたいしゃく》、下《しも》は堅牢地神《けんろうじしん》、殊には内海外海《ないかいげかい》竜神八部《りゅうじんはちぶ》、応護《おうご》の眦《まなじり》を垂れさせ給えと唱《とな》えたから、その跡《あと》へ並びに西風大明神《にしかぜだいみょうじん》、黒潮権現《くろしおごんげん》も守らせ給え、謹上再拝《きんじょうさいはい》とつけてやった。」
「悪い御冗談《ごじょうだん》をなさいます。」
 わたしもさすがに笑い出しました。
「すると康頼《やすより》は怒《おこ》ったぞ。ああ云
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