う大嗔恚《だいしんい》を起すようでは、現世利益《げんぜりやく》はともかくも、後生往生《ごしょうおうじょう》は覚束《おぼつか》ないものじゃ。――が、その内に困まった事には、少将もいつか康頼と一しょに、神信心を始めたではないか? それも熊野《くまの》とか王子《おうじ》とか、由緒《ゆいしょ》のある神を拝むのではない。この島の火山には鎮護《ちんご》のためか、岩殿《いわどの》と云う祠《ほこら》がある。その岩殿へ詣でるのじゃ。――火山と云えば思い出したが、お前はまだ火山を見た事はあるまい?」
「はい、たださっき榕樹《あこう》の梢《こずえ》に、薄赤い煙のたなびいた、禿《は》げ山の姿を眺めただけです。」
「では明日《あす》でもおれと一しょに、頂へ登って見るが好《よ》い。頂へ行けばこの島ばかりか、大海の景色は手にとるようじゃ。岩殿の祠も途中にある、――その岩殿へ詣でるのに、康頼はおれにも行けと云うたが、おれは容易《ようい》には行こうとは云わぬ。」
「都では僧都《そうず》の御房《ごぼう》一人、そう云う神詣でもなさらないために、御残されになったと申して居ります。」
「いや、それはそうかも知れぬ。」
 俊寛様
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