き鳴らしたり、桜の花でも眺めたり、上臈《じょうろう》に恋歌《れんか》でもつけていれば、それが極楽《ごくらく》じゃと思うている。じゃからおれに会いさえすれば、謀叛人の父ばかり怨んでいた。」
「しかし康頼《やすより》様は僧都《そうず》の御房《ごぼう》と、御親しいように伺《うかが》いましたが。」
「ところがこれが難物なのじゃ。康頼は何でも願《がん》さえかければ、天神地神《てんじんちじん》諸仏菩薩《しょぶつぼさつ》、ことごとくあの男の云うなり次第に、利益《りやく》を垂れると思うている。つまり康頼の考えでは、神仏も商人と同じなのじゃ。ただ神仏は商人のように、金銭では冥護《みょうご》を御売りにならぬ。じゃから祭文《さいもん》を読む。香火を供《そな》える。この後《うしろ》の山なぞには、姿の好《よ》い松が沢山あったが、皆康頼に伐《き》られてしもうた。伐って何にするかと思えば、千本の卒塔婆《そとば》を拵《こしら》えた上、一々それに歌を書いては、海の中へ抛《ほう》りこむのじゃ。おれはまだ康頼くらい、現金な男は見た事がない。」
「それでも莫迦《ばか》にはなりません。都の噂ではその卒塔婆が、熊野《くまの》にも
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